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日々是好日

がん・難病患者相談員 広野 光子さん

きっと良くなる。必ず良くなる。

 家事や介護、そして記者の仕事を愚直に一生懸命やってきた。そんな私がどうしてがんに…。何か悪いことをしたの?たとえようもないぐらい悔しかった。30年ほど前のことです。後で知りましたが、私は「余命半年」でした。
 医療だけでなく、周囲の環境も含めて調和がとれると、元気になれる――。闘病中にそんな考え方を知り、同じ病棟の患者を誘ってラジオ体操をしたり、歌を歌ったりしました。同じ境遇の人たち同士、心が通じ合って楽しかったです。そんな中、夫が病気で亡くなりました。すごく落ち込みましたが、「息子が一人前になるまで生きなくてはいけない」、そう決意しました。

 私の闘病記が新聞に連載されるようになったのもそのころです。今でこそ、インターネットに闘病記があふれていますが、当時は珍しかったんですよ。その読者が集まって発足したのが「がんを明るく前向きに語る・金つなぎの会」でした。会の仲間で旅行をしたり、温泉に入ったりと「心と体に良いこと」に「まじめに楽しく」取り組みました。当初24人だった仲間は、現在全国に1,600人以上。お互いを励まし合いながら、「きっと良くなる。必ず良くなる」。そう言い切ることで、すごく力が湧いてきます。希望をもって生きなければ、生まれた甲斐がないと思うんですよ。

誰かのため、仲間のために

 がん末期の青年が、最期は人を寄せ付けずに亡くなったことがありました。「心と体はつながっている。もう少し早く出会って、いろんな話をしていれば」。そんなことを市長にお話ししたことがあります。それが、「がん・難病患者相談」創設のきっかけとなりました。地域の老人会の皆さんがたにサポーターとして支えていただきながら、はや15年。延べ500人以上の悩みに耳を傾けています。最近、相談者から「誰かの役に立ててほしい」と、がんの専門書をたくさんお譲りいただきました。相談室に図書コーナーを設け、相談者が集えるサロン活動も始めていきたいと考えています。

 平成22年からほぼ毎年開催している講演会「名張で学ぶがん医療」や、がんや難病患者を励まそうと毎年自宅を飾り付ける「祈りの電飾」など、医療従事者や地域の皆さん、事業者、金つなぎの会の仲間ほかいろんな人に支えていただいています。自分のためというわけではなく、誰かのため、仲間のためにと続けていくうちに、大きな輪になっていったのだと思います。

亡くなった方々を鎮魂する『祈りの電飾』

幸せのハードルを低く設定すると、いくらでも楽しく生きられる

 闘病中は、痛みや不安で眠れない日が続き、癒しとなったのがラジオでした。80歳になった2021年、ついに念願の声優デビュー。アナウンサーに交じってレッスンをこなし、FM千里(大阪)でラジオドラマに出演。インターネットラジオも開設し、童話の朗読にも挑戦します。毎日更新している金つなぎの会のブログを楽しみにしてくれている人もいますし、日本舞踊やコーラスなど地域のつながりも大切にしたい。ジャーナリストとして物書きの仕事もある。自分が3人いてほしいぐらいですが、日日是好日。目が覚めて幸せ、良い天気で幸せ、クーポン券で割引してもらうだけでも、心に灯がともる。幸せのハードルは低く設定する方が良い。小さな幸せでいくらでも楽しく生きられます。今日一日が良ければ、それでありがたいと、いつの間にか自然に手を合わせてしまう。そんな、感謝の気持ちで毎日を過ごしています。

「広報なばり」2022年1月号掲載


Profile 広野 光子さん

50代で乳がんと卵巣がんの闘病を経験。平成7年に、がん患者の全国組織「がんを明るく前向きに語る・金つなぎの会」を設立し代表に。平成17年からは、がん・難病患者相談員として活躍。講演会「名張で学ぶがん医療」開催など、83歳となった今も精力的に活動を続ける。自宅(富貴ヶ丘=写真)での「祈りの電飾」は2022年で30年目を迎えた。


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